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プロローグ:月が何かおかしい夜は何かが起きる。そんな迷信って何処にでも伝わってるものね。 [本編]

此方小説は、浅海由梨奈さんのみ、お持ち帰り可能です。


こんなに月が近い夜

登場キャラ:バルベルさん 三つ子

フュージョン度:★★★★☆
精神有害度:★★☆☆☆
(色々と設定が違います)
(それなりに雰囲気変です)

【設定の差異】
☆三つ子は人間
☆異端審問官に所属





月が何かおかしい夜は何かが起きる。そんな迷信って何処にでも伝わってるものね。
あの日が何日だったかはあんまり覚えてない、ただ少し肌寒かったのと、人間の数が凄く少なくなってたのと。
何も無くてとってもつまんなかったし、だから覚える事なんて無いから、すっかり忘れてた。あの事以外は。

誰も居ない場所で、真っ青な火を焚いている、真っ白いローブの三人。

不思議なの、火があって、悲鳴も、息遣いもあるのに、なんの音も匂いもしかなった。

一目見て解った。あれはかの有名な【異端審問官】ってヤツだって。
あたしみたいな淫魔を、片っ端からゴキブリかなんかみたいに殺したり、淫魔だって言われた人間を痛そうな事して殺したりする人間。

人間はみんな揃いも揃って、あたし達淫魔を殺そうとしてくる。なんでも、人間を襲う事が気に食わないらしいの。あたしには理解出来ない。
セックスってあんなに気持ちが良くて良い物なのに。どうして悪いことって言うのかしら?
それに、あたしが『精』をごちそうになった人間も、そんなに嫌そうな顔してなかった、とっても気持ち良さそうにしてたのに。
でも人間は淫魔に勝てないから、勝てる人間に頼ろうとする。その理屈はあたしでも解る。自分で無茶な事はしない方がいい。
色々と頼る人間の種類はあるけど、その親玉があの異端審問官ってわけ。

青い火の中には、人間じゃない羽が見えた。あの火で燃えている子は、あたしみたいな本物の淫魔だったのかな?
火は何度も何度も動いて、必死になって抵抗してた。あたし達淫魔は、自慢じゃないけどすっごく死ににくい。だから、きっとあの子も。
あたしは助けようとする事も、何もしないままそれを見てた。ただ火が消えて、異端審問官達が居なくなるのを、じっと物陰で見てた。
何もかも無くなって、あの子を燃やして出来た灰すら、あの審問官が持って帰って、よく解らない水を辺りに撒いて。

本当に何も残ってなかった。

音も臭いも無い、最初からなにもなかったみたいな場所。
さっきまであの子が殺されてた場所を見たら、あたし、胸が痛くなって……。

思ったの。




こんなに月が近い夜




冬は過ぎ、そろそろ暖かな風が、まだまどろみの中に居る生き物達に、目覚めの時を知らせる頃。
ぽつり、ぽつりと点いていた町明かりも、もう完全に消え、町が寝静まった時間。
だがそれでも純粋な闇には程遠い、人の絶えた静寂を波に、女の姿と異形の翼を持った一つの影が横切る。
もう取り壊しが決まったビルの上に足を下ろした彼女は、大きな欠伸を一つすると、まるで童女が何をして遊ぶかを迷うように、うーん、と唸った。
先が三角に尖った尾が、その退屈を表すかのように左右好き勝手に揺れた。
女性としての理想を具現化したような、男ならば誰もがむしゃぶりつきたくなるような、妖艶な肢体。異形の翼、それに連なる異形の瞳。何より、同族の間でも稀な純血を掌る、紫色の肌。

彼女は淫魔だ。淫魔とは、この世界に人と共に存在する異形の生き物を指し、人を襲い、犯し、同じ異形の子を孕ませる生物。
そのため、淫魔達は忌み嫌われ、人間は淫魔と知れば、たとえ血の繋がった、腹を痛めてこの世に産んだ我が子すら手にかける程。
今此処で退屈そうにしている彼女も、その異形の悪魔の一匹である。

「あー、退屈……何か面白い事ないかなぁー…」

淫魔は退屈を何より嫌う、退屈によって死んでしまう程に。
彼女は今退屈している、そして彼女には生まれ持った淫魔としての強い力を持っている。これだけでもう、人の領域に何かが起こる前触れだ。
本日三度目の伸びをすると、淫魔は、バルベルはもう一度羽を広げて飛び出すと、また辺りを物色し始める。
何か面白げな事は無いだろうか、襲って楽しめそうな人間はいないだろうか、それとも、顔馴染みの友人の所に行って、またからかって遊ぼうか。
面白げな事は今探している。だが一向に見つからないから、退屈に遊ばれている。
襲って楽しめそうな人間は……ここいらの界隈の人間は、昨日全員が二周目を迎えたばかりだ。
顔馴染の、そうしようか、もしあの子の大切な子が一緒にいたら。そうなれば、最高だ。一緒に混ざってしまおう。

「ふふ、待っててよ~♪」

そう考えがつくと、大分暇も和らぐ。当ても無く翼を広げていたバルベルは、その哀れな友人の家へと方向転換すると、心なしか速いスピードで飛び始めた。

飛び始めて間も無く、歌が聞こえた。
幻聴じゃない。一人の歌声じゃない、三人、男性とも女性ともつかない。
今にも消えかかるような、耳の中のうずまきを直接揺らすような。
聞いた事の無いような、歌声。

バルベルはほぼ反射でそちらを向くと、その声を辿って声の元へと飛んでいった。
今彼女の心の天秤には、半分同族の彼で遊ぶより、聞いた事の無い声で歌う、それの方が重かった。
新しい物は、新しい刺激をくれるものだ。

迷わず飛び続ければ、先ほど自分が居たビルの上に、白い子供が膝を曲げ、じっと座って歌っている。

機械仕掛けの歌ではなかった。生身の何かが歌っている、奇妙な歌。それだけで今、退屈は空の彼方に、記憶からばっさりと切り取られるだろう。
歌を歌っているのは、人間だった。これは大変な楽しみが出来た物だ、まるでおやつを前にした子供の様な気分になってくる。
声が一瞬途切れる、その歌は最初から絶えた声で歌うような、子猫の鳴き声の様な声で歌われていた物だった。
それにしても不思議な、声は三人分だったというのに、此処に居るのは一人。

私と歌う褥での歌も、その声で歌うのだろうか?
そう思うと、元からあまり我慢はしないタチであるバルベルは、そっとその後ろに近付くと、歌を歌うそれに手を伸ばして、お得意の幻術をかけようかと思った。
羽で姿を後ろから覆うように包み、目を瞑って歌う子供の額に、親指を乗せて、その親指を捻る……。

「おねーさん、今日は良い夜だね」

「あら? 気がついてたの?」

腕の中で体を捻って顔だけを向けた子供は、バルベルの目をその赤茶色の目で見詰めた。ここまで近付いて今だ性別の判らない子供、白く長い髪が、バルベルの腕の中で揺れる。
その抱きごこちが、思いの他良かったこともあって、バルベルは目を細めてクスリと笑うと、幻術をかけるために差し出していた指で、子供の唇を触った。
唇をなぞられた子供は、その指に答えるように舌を伸ばすとしなやかな指を、血に似た色の赤い舌を絡める。

「あら、それって期待されてるって思っていいのかしらv」

「ねぇ、お姉さん」

その声は後ろから掛かる、少し振り返るとその子供に良く似た子供が、いま胸に抱いている子供と同じ目で此方を見ている。
同じ顔、眼鏡等服装に若干の差異はあるが、基本的に違う場所が見つからない子供が、その言葉を続けた。

「今日はとっても月が近い」

「月が近い?」

「うん」

そう聞いて、バルベルは目線を夜の色に染まった空に移す。
今日は今月に入って二度目の半月だ。詩的な誰かが言っていた、潰れた目の形に似た月が、喧しい町明かりに遮られる事無く、煌々と輝いている。
だが、何度見ても子供が言うような月が近いということはなく、半分になっている月は変わらずにそこにあった。

「んー…あたしにはよくわかんないけど、そうなの?
そもそも、月ってそんなコロコロ場所が変わる物だったかしら?」

バルベルは嫌味なく、純粋な疑問を浮かべて、首をかしげた。年頃の餓えた男性なら、この動作一つにも性的衝動を覚えるのだろう。
だが子供は聞いていない。変わらない無表情ともつかない顔で、じっと、見ている。

近づいて来る子供は、思っていたより背が高かった。腕の中の子供も、それ程の身長なのだろうと、バルベルはなんとなく感じた。

「月が近い夜は、何かが起きる記念日なんだよ」

「ふーん、聞いた事ないけど……とりあえず、教えてくれてアリガトv」
でも人間であたしを怖がらない人って、すんごいレア物に会えたって意味なら、記念日かもね☆」

人間は本来自分達の食事であって、出会えば殺そうとするような自分達の天敵でもある。たまに、そんな淫魔を殺すことを良しとしない人間がいたりするが、派として成り立たない程に極少数派だ。
腕の中に収まった子供の耳を触る。自分と違う人間の丸くて白い耳。その軟骨の硬いような柔らかいような感触を楽しんでみる。
ウインク一つ、ぱちっというような効果音の出そうな、かわいらしいウインクをすると、歩み寄ってくる子供はクスクスと笑い出し、耳を撫でている子供もつられる様に笑い出した。
耳を撫でながら少し考えたのは、抱く腕と背中越しに見た赤い舌。子供の口内を嬲る指を放した時、一瞬名残惜しげに触れた柔らかく濡れた感触が、淫魔の本能をくすぐる。

距離が無くなった子供は、少しだけ膝を折るとバルベルの羽の根元に唇を寄せ、そのどくどくと通う血の感触を楽しむ。
バルベルは、声と同じ男性でも女性でも無い、どちらでもあるような例えよう無く香しい精の匂いが漂うのを感じて、冷たく冷えた体にスパイスの効いた熱いスープを流し込むような、例えようの無い慣れた感覚を味わう。
胸に抱いた子供が、歌声と違う、体の芯に染み渡るような熱の篭った声で囁いた。

「ねぇ、おねーさん。
楽しい事しようよ、何処でする?」

「あら、意外とせっかちさんねv んー、どうしよっかな……」

出来ることなら、この楽しげなお誘いを最高に楽しい物にしたい。素材はこの上なく良質な物。あとは料理の仕方次第。

刹那、濃くなりつつあった精の香りを打ち消すように、あまりにも濃すぎる死の匂いが辺りに広がった。

「淫魔のおねーさん。
ねえ、一緒に……あーそぼっ」

「――――――――っ!
あんたは……!」

二人の子供に良く似た、黒い子供が青い目を向けている。
その子供が纏っているのは、他の二人と揃いの服だけではない。
青い血、バルベルの体の中にも通う、純血の淫魔の血。
それだけじゃない、紫色に混ざり合ったそれは、人間の物も混ざり合って出来た物。

その顔は他の二人と同じ、反射で笑う笑い顔でなく、何かとても楽しい事を見つけて、それを追いかけて行く時の様な笑顔。
バルベルがよく浮かべる笑顔に、とても似ている、笑顔。

屋上にあった、古いドアが錆びた音を立てて、開け放たれたままだった形から、元の閉じた形に戻ろうとする。
それは、この空間が一瞬だけ開き、また閉鎖空間に戻るということ。

「おかえり、遅かったから先に始めようとしてたよ」
「おかえり、今日は何処まで殺ってきたの?」

胸の中で一つ、背後から一つ、そんなその場の雰囲気に似合わないような声が上がると、その黒い子供は何処から出したか、タオルで自分の体を拭きながら答えようとした。
だが、それを言う前に止めたのは、これまた少し場の雰囲気から外れた女性の声。その声は微かに震えているが、狂気に飲まれ忘我しての場違いな声では無い。

「あの時の、あの子達だったのね」

制服らしい、あの白いローブを着て、同族を狩った異端審問官。
あの日は今日に似て、常温で脳が溶けてしまうのではないかと思うほど、それ程過去の話ではない筈なのに、日付さえ忘れてしまう程退屈だったというのに。
忘れる訳なかった。忘れられなかった。忘れる気も無かった。

「あたしを、食べる気?」

月の事を聞いたように、純粋な疑問を浮かべるような声で、バルベルは黒い子供に問う。
子供は先ほどとは、毛色の違うような笑みを浮かべる。例えようの無い様な、強いて言うなら、行為の最中に浮かべるような酷く背徳を表す様な。
バルベルはそれを見た事があった。あの日、異端審問官を見て生きて帰ったという、同族に言えばちょっとした自慢になるような出来事のあった。
自分の中に、あの『感覚』を感じた音も匂いも無い場所で。
この子供達は、これと寸分違わず同じ笑顔で、死を燃やす炎を見ていた。
ふと見ると、腕の中の子供も同じ様な笑顔をしている。同じ笑みだが、ほんの少し違うような、それでも同じような。背中に居るこの子供も、きっとそれと同じ赤い口で笑みを。

黒い子供は囁く。
ここでバルベルは、自分が拘束されていなかった事に気がついた。

「こんなに、月が近い」

「そんな訳ない、月は近くならない」

「ありえない」

それに二言続けたのは、白い子供達。
バルベルはその笑顔を見ていると、それその物とは似ていないというのに。
行為の最中に愛する人間の幻に抱かれて、歓喜の内に絶頂を覚る寸前の人間の、あの泣いているとも、悦んでいるともつかない顔を反射的に思い出して、故郷に帰ったような、そんな場違いな色をした気分になる。

「「「そんなありえない夜に起きた事なら、ありえないことが起こって当たり前」」」

揃い響く声の余韻が消えた時、バルベルは奇妙な理解の念を覚えた。
もう震えは無い、声には笑みが含まれている。

「もしかして……あたしの事、口説いてたのかしら?w」

「うん、ずーっとカマ掛けてたの」
「少し前の、今日と同じ半月の時から」
「遅れたらフライングされかかった」

「「「ねぇ、どうだった?」」」

「そうね、口説いてたなら……64点!
捻った言い方とか、月の話とかは良いけど、肝心な事言わないとオンナノコは振り向いてくれないわよ♪」

あはは、と笑うバルベルは、抱いていた子供を放して、屋上の中心に踊り出た。予想通り、後ろに居た子供は別に拘束していた訳ではなく、白い手はすんなりと外れた。
六つの目が、月明かりに照らされた美しい姿を、月明かりの下で無邪気に笑う悪魔という、まるで一種の宗教画のような光景を映す。

「あ、そういえばさっきのだけと」

振り向いた悪魔の顔は。

「折角の月が見えなくなっちゃうし、此処でしましょv
だって、今日はこんなに月が近いんだもの」

闇を生きる邪悪であり、全てに正直な純粋であり、絶頂へと導く天使でもあり、人心を惑わす悪魔でもある。


「さぁ……いらっしゃい」


美しく残酷な摂理を掌る。

壮艶な、淫魔。








あの日ね。
何も無くなって、最初から何もありませんでしたーって言ってるような場所を見たら、あたしもああなっちゃうのかなって思って、怖くなる前に。
『ああ、あれもあたしの生きてる世界の一部なんだ』って思ったら。



……ドキドキしたのVv
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