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自由と人間の境界:可愛くないけど、可愛がってね。 [本編]

此方小説は、浅海由梨奈さんのみ、お持ち帰り可能です。


自由と人間の境界
~腐肉喰らいの加護~

登場キャラ:ベルねーさん 真実の子
ちょっと:三つ子(回想のみ) 

エロくなる度:★★★★☆
精神有害度:★★★☆☆
(由梨奈さんちの淫魔パラレルです)
(色々と設定が違います)
(前回の続き、説明多いよ)
(その後はそうですよ)

【設定の差異】
☆御一家全員異端審問官
☆&人間
★おじさんは純血淫魔に限りなく近い何か








夕月を隠して、這える黒雲。それが覆い被さるようにして隠す、夜が最も近い場所、夜の境界の住人達の住むこの場所。

巨大な屋敷には噂が付き物だが、この屋敷もその例に漏れず、誰が最初に言い出したか。奇妙な噂が多数存在したりする。
なに、そんなにおかしいことはない、夜に見ると絵が笑ってるだとか、結局はそんな所だ。それを恐ろしがる住人すら居ない程、とても幼い。
本当に怖いのは、この屋敷その物が人食い屋敷と言われて、現在の住人が住み着くまで、数々の人間の終わりを飲み込んできた事だ。

屋敷は、手前に大きく迫り出した『旧館』、後ろに後付けされた『新館』、新館と旧館にある、渡り廊下から行ける『別館』と、恐ろしく広い。

最初に存在した旧館は、元々は旅人を休めるために、実の父から教会の後を任された、善良で信心深い青年が父親の財産で立てたホテルだった。
だが、この青年がどれだけ善良だったとしても、結末まで美しく終われるかというと、とてもそうとは言い難い終わり方をすることになる。
今は無くなってしまったが、元々あった街道に程近いホテルは、昔は旅人に愛用されて、とても青年は感謝されていた。だが、ある日を境にこのホテルは閉鎖され、青年は行方知れずになってしまう。
そのまま何年も経ったある日、青年はぼうっと帰って来た。髭は伸びきり、髪はぼろぼろに縮れ、その形相はまるで幽鬼のようで、見た人間はこれがあの青年だと知りつつも、思わず眉を潜めたという。
何より、その異常さを醸し出したのは、彼の手に持った女の頭蓋骨だった。取り出してから何年も経つのだろう、薄く黄ばんだそれを、青年は手放そうとせず、日がな一日物言わぬ骸骨に向って、聖書を暗唱し続けた。
周りの人間は気が付いた。もう此処にあの青年の魂は無い、青年は淫魔に魂を奪われてしまったのだと。
その後も、青年は惚けたまま、ある日出された夕食のパンを喉に詰まらせて、あっけなく死んだ。魂を持っていったとされる淫魔も、結局は見つからなかった。

ホテルは無人になった。

その十数年後、ある大富豪の一の寵愛を受ける夫人が、暇潰しに好きにすれば良かろうと、このホテルと周囲の土地を買い与えられ、この土地にまた人が住み着いた。
夫人はこの古いホテルを気に入り、その裏から通じる様に、新たに自分が住むための屋敷を作ると、自分はそこに住んで、手前に迫り出す形になった元々のホテルは、かつての青年と同じ様に、旅人の宿として貸し与える。
以降、夫人が住むために作られた此処が、『新館』になり、青年が作った古い方が、『旧館』と呼ばれるようになった。
だが、彼女の終わりも、例え彼女が善人ではなかったとしても、とても綺麗とは言い難いような、そんな終わり方を迎える事になる。
ある日を境に、彼女は奇妙な妄執に取り付かれ、屋敷の置くに閉じこもったまま、誰とも会わなくなり、屋敷に奇妙な増改築を施し始めた。
遂には夫に見放され、多額の手切れ金と引き換えに別れを告げられた時も、彼女は何かに怯える様にして、その手切れ金すら増改築につぎこんでしまう。
屋敷はどんどん広くなった。屋敷をその手で広げた人間でさえ、地図が無ければとても入れず、そこに住んでいた夫人が何処へ行ってしまったか解らなくなる程。
周りの人間は、元々此処を立てた青年と同じ様な末路を見て、この夫人もきっと淫魔に唆されて、こんな事になってしまったのだろう。そう誰もが信じる事になる。
そんな夫人は、ある日屋敷の奥で誰にも看取られる事無く、特に理由も無く、突然冷たくなって死んでしまった。

またホテルは無人になった。

更にその数十年後、元は貴族の血を引くとされた娘が、自分の最起を図って、遠い昔に相続されていた土地と共に、このホテルの住人になる。
もうこの頃には、此処にあった街道は旧街道とされて、微かな跡を残すのみになって、わざわざ荒れた道など誰も通ろうとしない。
何より、街道に人が集まった事によって、ホテルからそう遠くない場所に、それなりに立派な町が出来ていた。
そこで、彼女はこの建物を、金と暇の余った金持ち達にそれらしい事を言って、それらしい所に見立てて、それらしいホテルとして売ってみる事にする。
陳腐な謳い文句を幾つもつければ、興味本位の客は来る。その中に一人でも金持ちがいれば、百人の人間がこのホテルを切っても、感性の狂った世界への糸口は出来るだろう。
成果は上々、経営を始めて数年後には、彼女はこのホテルの女主人として、知らぬ人間は居ないような、そんな存在になっていた。
その時、この飽き易い客の暇を埋めるために、女主人は別館を立て、そこをサロンの代わりとして開放して、客足が遠のくのを防いでみせる。
だが、彼女の末路もまた、とても良いものとは言い難い。とても悪い物として終わった。
簡単な事だ、彼女の産んだ子供に、尻尾が生えたのだ。

ホテルはまた、無人になった。

だが今となっては、その人食い屋敷も過去の話。国が自らの世に、淫魔を退治する『異端審問官』を住まわせる時、この屋敷を代価として差し出したからである。
理由は簡単だ。自分の国にある、圧倒的な人間兵器共を他国へ見せ付けたり、国民に見せ付けたりして、淫魔は最早恐るる物ではないと、誇示しているのだ。

そこに新たに住み着いた異端審問官、彼等は何も増やし生み出すことはなく、現在も屋敷は過去の姿を止め続けている。
もうこの屋敷が再び人食い屋敷となることはなく、神の加護を受けた彼等は繁栄し、彼等を胎に飼う国は、永遠に滅びる事は無いのだ……。


表向きは。





自由と人間の境界
~腐肉喰らいの加護~




バルベルがそれを人間だと認識するのに、数秒の時間を有した。
半々で分かれた黒と白の信じられない程長い髪、左右で色の違う目、幼さが残る割りに異常な長身。これだけだったら、人が持つ特徴として、受け入れる事位出来るだろう。
だが、これはなんだ。目だ。バルベルの前に立っているそれは、露出した額に、色は美しい金だというのに、まるで死人の様に濁った三つ目の目を持っていた。
純血の淫魔は老いない。バルベルは人よりも、文字通りに長く生きている。だが、こんな人間は見た事が無い。それよりも、これは人間か? 悪い冗談のような姿をしたそれは、全くの無表情のまま、バルベルの手を握って放さない。
そして、現在の状況もまた自然とは言い難いのだ。先程、バルベルは玄関先に出ようとした筈なのだが、今自分は何処か解らない場所につれて来られている。
此処は何処だろうか、一瞬で此処に居たということは、絶対に遠い場所ではない。とりあえず握られた腕を解こうとしたところ、予想していたよりもすんなりと、細すぎる腕は放れた。

「えーっと……コンバンハ? ハジメマシテ?v
どーしてさっきまで玄関の所に居たあたしが、此処に居るのかわかんないんだけど、アンタが連れて来た……のよね?vV」

返答は無い。全くの無表情と沈黙が、バルベルを静かに見詰めている。左右色違いの目は此方を見ているというのに、額に付いた目は、何処か虚空を見たまま動かない。
当初、いきなりベットに押し倒されるようなことがあれば、警戒を込めた悪態の一つでも浴びせてやるつもりだったバルベルだが、その感情が何も無い、面の様な無表情を見た途端に、そんなことを言う気にはならなくなった。
そんな事より、気になることはある。現在地、連れて来られた理由、目の前のこれの正体。自分を獲って喰う気はなさげだが。その何れも、これは答えてくれなさそうでもある。
自分の本能では、これは人間だということが解ったが、姿からいって俄かに信じがたく、自分の本能を疑ってしまう。今日に入ってから二度目、妙な門番がいる屋敷には、妙な住人がいてもおかしくは無いと思いはするが、驚かないという事ではない。
もう一度話し掛けようかとも思ったが、自分を見ている筈の色違い目が、実はとても濁って何を見ているか解らない事に気が付くと、バルベルは聞くことを止めた。
そんな事より、これには額に目がある。淫魔は幻術を掛ける際に、額に親指を当て、捻るような動作をするのだが、こう目があっては効く物なのだろうか。

「ちょ~っと、確かめさせてもらうわ……v」

バルベルはそれの額に付いた、瞳孔も無く、光すらない濁った目に指を伸ばす。
それは抵抗しないまま、縦に付いた第三の目を閉じると、バルベルの指が自分の脆い部分を触る事を、無言のまま許可した。
人外の証である青い肌をした、細くしなやかな指が目を捉え、壊れ物を壊れない様に柔らかく指の腹で触ると、脆弱な眼球がびくびくと震える。
指に伝わる感触に、少しの加虐心を擽られて、少し指に力を入れてみると、まるで小動物の心臓のように震えていた眼球は動くのを止め、眼孔の周りにある細い血管が、怯えるように動く。
だが、その顔だけは相変わらずに無表情。何を映しているか解らない目が、眼球だけ此方に向けて、バルベルをじっと静かに観察するように見ている。
目が潰されるかもしれないというのに、自分の体の一部が破壊されるかもしれないというのに、それが恐ろしくないのだろうか。
力を抜くと、自分の指の腹にうっすらとだが、生理的な涙が着いている事に気がついた。

「ねー、本当に何も喋らないのー? 喋れないのー?」

返事は無く、表情も無い。生物的な反応を見せた所に触れて、一瞬だがこれはやっぱり人間ではないかと思ったが、やっぱり思い違いではないかと呆れてしまう。
気でも触れているのではないかと、それなりに生きた人生の中で、それなりに見てきた正常でない人間と、この目が三つある何かを比べてみる。
無反応も此処まで行くと、危害も無ければ、得も無い、ただの置物と変わらないそれに対して、飽き易い淫魔でなくても、興味がなくなってしまうというものだ。
まだ警戒を止めた訳では無いが、何時の間にかバルベルの興味は、もう別の事に映り始めている。

この部屋はいったい何処だろう。
部屋は狭くはないのだが、広い訳でもなく、家具や寝具に至るまで全くの統一性が無く、部屋の秩序を乱すレベルにまで、これまた統一性が無い物が大量に散乱していた。
落ちている物は子供の玩具、まだ封を開けていない菓子類、誰かの男物の上着、大きめのシーグラス、雑誌類、卑猥な雑誌類。此処まで物が散乱していると、逆に狙ってやっているのではないかと、思わずそう考える。
バルベルは汚い物は当然の如く好きではないが、綺麗好きというわけではない。幸いな事に、この部屋に対して嫌悪感は抱かないが、潔癖の気のある人間が此処に来たなら、発狂は確実だろう。
部屋の広さに不釣合いなサイズの、妙に高そうなベッドに腰掛けると、中に入ったコップまで全くの統一性の無い、チープな青色に塗られた戸棚が目に入る。

古い木製の机の手前の壁に、黄ばんだ紙が貼り付けられていて、そこに何かが描かれている事に興味を持って、立ち上がってみると、何かに足を取られて転びかかってしまった。
確かに倒れた筈なのだが、何時まで経っても自分の体が地面に着くことはない、羽を出して飛んだ覚えも無く、受身を取った訳でもない。足元で、不覚にも転んでしまった理由であるそれが、さらさらとした心地よい、だが纏わり着くような感触を残している。
自分を受け止めていたのは、さっきまで置物の様に動かなかったそれが、バルベルの肩を抱くようにして、転んでしまうことを止めていた。色違いの目は此方を向いて動かない。
それは肩を引くと、バルベルの前のめりになって、転びかかっていた体をふわりと立てた。足元にあるのは、長い長い、白と黒が入り混じった髪の毛。明らかにこれから生えている髪の毛だ。

「なんだ、置物じゃないんじゃないv」

やっぱり返事は無かったが、今度は返事を期待していなかったので、別に何か気になるような事はなく、何かに構う事は無かった。
自分を転ばせる原因になった、白と黒がわざとそうしているように分かれた髪に触れる。髪は見かけよりも軽く、古い何かの匂いがして、思った通りに信じられない程長かったが、何処か生物の生々しさがある。
此方もやっぱり、大人しく髪を触らせるそれは、今度はバルベルの髪に手を伸ばすと、バルベルがするのと同じ様に、何度か手を櫛の様に使う。
爪を立てず、緩慢に頭皮を撫でるくすぐったい感触に、じわりと含みの様な物を感じてしまうのは、淫魔の性分だろうか。淫魔は飽きっぽく気紛れだ、今また興味を無くしていた筈のこれに、少し興味を持ちつつある。
それは髪を撫でるのを唐突に止めると、自分を撫でていた女の腕を取り、当初バルベルが気になっていた机へ、滑るような足取りで、進む。
随分と強引なものだと、くすくすと笑うバルベルに、それは微かに目を向けた。

壁に貼り付けられたそれは、意外にも数枚程に分かれ、細部まで恐ろしく細かく描かれている所為で、一瞬ただの落書きを疑ってしまったが、どうやらこの家の地図らしい。見ているだけで目が痛くなる。
インクが新しい部分と、かなり劣化してしまっている部分があり、ボールペンで最近描かれた部分や、何で描いたかすら解らない部分もあるという、何度も描き足された跡があるため、この地図がかなり古いものであることが解った。
その地図が細かい理由に、何かの説明文のような物が殴り書かれているということもあるのだが、バルベルは文字が読めない。だが、何が如何書いてあるのかは解らないが、描いてある地図は確実に役に立つだろう。
行くなと言われれば、行ってしまうのが礼儀なバルベルは、玄関先で門番と約束したことなど、すっかり頭から忘れて……自分から捨てて、この入り組んだ屋敷探検に乗り出す気でいた。そのためだったら、地図がごちゃごちゃして見難いなんて、多少の我慢はしてやろうじゃないか。

地図を見る限りだと、今居るこの部屋は従業員休憩室だった場所らしい。それが解った理由は簡単、他のどの部屋よりも玄関に近く、狭くてボロい。
手前の部屋の扉を出た所が、ホテルでいうところのフロントに当たるらしく、更に左側にはもう一つ扉が。そちらは直接廊下に通じているらしい。どうやら自分は、玄関先でまごまごとしていた所を捕まり、捕まえたこれは自分を抱えたまま、カウンターを飛び越え、扉を開け放って現在に至るのだろう。

さて、これから何処へ行こうか。意味も無くふらふらとしていれば、自分の身が危険であることは知っている。なら、適度に目星を付けて、そこを目指して行く方が良いだろう。
本当はぶらぶらとした方が好きだが、バルベルもそんなに自分の命を粗末にする気は無い。もし気になる物があったら、その時に考えれば良い。

「じゃあ、広くて面白そうだし、此処行ってみよっかな」

適当に指差した所は、大きく区切られた四人部屋。何か走り書きがしてあるが、バルベルにはその内容が解らないため、何か沢山の事がある場所。程度にしか解らない。
地図を指した指を、無表情のままそれは握ると、首を左右にふるふると振る。まるで否定のような反応に、バルベルはもう一度別の場所を適当に指してみる。まだ、左右にふるふると。
だがそんな事は気にすべきことではない、思い立ったら吉日、行ってみようではないか。そのまま部屋から出ようとをすると、今度は指を放してくれなくなって、ずっと首を横に振り続ける。いったいなんだというのだ。地味に痛い。

「ちょっと!
 解った解ったってば、此処に行くなって言いたいのね?」

バルベルは言葉の喋れない人間を夜の相手にしたことならあるが、こんなに面と向って話をしたり、接したりするのは初めてだ。相手が言葉を発しない事は、こんなに意志の疎通を難しくする物だとは。考えたことも無い。
もう一度、地図の別の場所を指差してみせるが、また首を振るだけ。このまま立ち上がって何処か行こうとすれば、確実にまた止められるだろう。気を失ってもらうという手もあるが。
不意に、それが自分の握っていた方の手を指差す。そういえば、屋敷内に入ってから、何故だろうか、これを手放す気がしなく、ずっと握り続けていたことを思いだす。

『お医者さん、きっと嫌いにはならないと思うよ』
『アイツはお姉さんの事、大好きになるよ』
『可愛くないけど、可愛がってね』

そういえば、この鍵を渡した三人が、この屋敷に一緒に来る時、会わせたい人間が居ると言っていた事があった。
鍵は表に居た時よりも、少し輝きが走る速さを早めている気がしたが、それの意味は全く解らないため、バルベルは気にしない事にした。
会わせたいと言われた人間、たしかそれは医者だと言われていた。医者など、生まれて此の方世話になった事は無いが、医者の指は手入れがされていて、肌に触れる時の感触が繊細で気に入っている。
医者が居る所には、何時もお決まりのマークがある。これまた意味が解らないが、この地図にもそのマークはあった。きっと此処に行けば、間違いは無いのではないだろうか。
そう思って、やや劣化してはいるが、赤色のインクで十字が描かれた場所を指差す。今度はぼんやりとした無表情があるだけで、首を横に振られる事は無かった。
此処か。人の言う事ばかり聞き続けるのは癪だが、バルベルもあの三人が言っていた、会わせたい人間というのが気になりはする。なら、何も悩む必要は無いではないか。

行き先は決まった、なら先へ進むだけ……だが、またここで引き戻される。

「もうっ、女の子にはもっと優しくしなさいってば!」

それを気にせず差し出されたのは、三本の細い皮紐で組まれた、細い紐。近くを見てみると、手芸用の皮紐の束が二つと鋏が落ちていたため、バルベルが地図とにらめっこをしている時に、静かにこれが編んだ物らしい。
一体何を望まれているか知らないが、バルベルは手に握ったそれを思い出して、それを手に握り続けるのは、少し不便だと考えると、素直に受け取る事にした。
白い皮紐が二本、黒が一本、意図しているかは知らないが、此処へ自分を誘った三人、そして目の前のそれと同じ色の紐を通し、長さを考えて、バルベルはそれを首に付けることにする。


ぐらり、眩暈がする。
いや、これは眩暈ではない、もっと本能の底から湧きあがるような、警告とも違う、音も無く忍び寄り、真綿で首を絞めるような、異常に増幅された違和感。
今そこに自分が居る事、それさえも否定され、その場から今直ぐ立ち去ってしまいたいと思うような、その感情さえ消え去ってしまうような、例えようの無い剥奪感。
自分以外の正体不明の思念が、自分の中に入ってきて、自分を食い荒らす。それを逃げる事も抵抗する事も出来ず、ただ泣き叫ぶ事しか出来ないような、狂気に程近い虚無感。


貫くような、それでいて嘗め回されるような、自分を襲う何かの正体を考える前に、違和感は波が引くように消え、バルベルはまた細い腕に抱かれていた。
バルベルの首には、琥珀色の鍵がその静かだが、早く電気信号のように走る光をまた早め、また暫くすると屋敷には行って来た時と同じ位に戻る。
抱きとめていたそれは、バルベルを今度は立たせようとする事は無く、ベッドの上にゆっくりと下ろすと、その脇に音も無く座った。光の無かった筈の瞳には、鍵の光によく似た、静かな光が一瞬だけ瞬き消える。
体にはまだあの違和感が消えては居ないが、手足を動かせない程ではない、バルベルは一、二度腕を動かして、体が自由になる事を確認すると、一つ溜息を付いて。

次の瞬間、隣に居るそれを押し倒した。
首元でちりちりと音を立てて、鍵が揺れる。

「此処来てから変な事ばっかり起こって、退屈しないのは良いけど、お腹減っちゃったv」

淫魔は奔放自由、それは全てにあたる事で、その名を冠するよう淫行こそが本分であるなら、本分とあらば、その奔放ぶりは言わずとも……。
指を額に伸ばす。額に付いた第三の目が、先程触ったときの様にびくびくと震える。幻術が効くかどうかは確かめそびれたが、効くなら効く時、効かなかったらその時。


そう思った時、バルベルの額に何か当たるものがあった。親指だ。自分の下に組み敷かれたそれは、バルベルの額に親指を当てると、ぐり、とそれを動かした。
此処は異端審問官の屋敷、人が恐れる人食い屋敷の住人なら、仮にその正体が全く理解できなかったとしても、例に漏れるはずが無いではないか。

「ふふ……あたし達のまねっこだなんて、エッチな子ねv
 なーんだ、そんな目も出来るんじゃない。ずっとそっちの方が、あたし好みよ?v
 いいわ、いっしょに楽しみましょVv

自分に手荒くしたように、少し粗野に、喰らい付くようなキスをすると、じわりと滲んだ目をしたそれは、喉を反らせて待ちわびていたかのように返す。

精の匂いがする、まるで閉じ込められ、押し込められていた物が開放されたように、魂の底に眠っていた本能が開花するように、足を伝う血の匂いにも似た、淫靡で濃密な。





覗き込んだ無表情が、自分を此処へ導いた三人に、酷く似ていることに気が付いた。
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