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SSS:業務的なキス [日常編]

此方は浅海由梨奈さんのみ、お持ち帰り・転載可能です。


自分勝手なキス

登場人物:メルヒオル 三悪趣の者
モブ:リリン アルトリート

(短いです)
(自分休止の度に文体変わる)








自分勝手なキス



彼らが住む屋敷はとてつもなく広い。子供が「迷わないように」と床に貼り付けたビニールテープを辿る彼は、かれこれ三十分が経過しつつある捜索活動を取り止めるか、育て子の様に羽を出して飛んでいってしまおうかと考える。さんさんと白い日差しを入れる窓、窓の外ではぼうぼうに伸びた庭木が風に吹かれているが、彼が見ているのは窓枠だ。埃、飛べば埃が舞って掃除がかなり面倒になる。
まるで無人なのではないかと錯覚させる程の静けさ、しかし、外から微かに漏れて聞こえるのは子供の笑い声……と、一本だけ混じる泣き声。耳に慣れた声がまたぴいぴい泣いている。ああ、また転んだのか。子供の面倒は自分と入れ違いに戻ってきた別の人間(文字通りの意味)に任せているというのに、つい、反射で溜息が出てしまう。この場所は無人の孤独とは無縁だ。
この部屋を探したら心当たりは全く無くなる、其方の方が一思いに捜索を迷宮入りに出来る分ラクだが、家内という限られた空間で何故こんなに姿を隠せるのかが疑問に上がる。鍵は必要無い。年代を軋ませて開いた扉の奥、大きく壁を抉って作った窓から廊下の小窓以上に多くの太陽の光が差し込み、樹脂に包まれた家具がてらてらとその細工を生々しく輝かせる。ベッドの天蓋と、意味不明な形をしたクローゼットの間に洗濯物がぶら下がっていなければ、絵になったかもしれない。
気だるげな笑い声がして目当ての人物が居ることに気が付き、降りた天蓋を行儀悪く捲り上げて出てきたそれは、一昨晩ぶりに体に浴びるらしい太陽の光に目を移す。申し訳程度の裸に近いような寝間着、近くの椅子に引っ掛かっていた赤いガウンを引っ張ると、無造作だが絶対に受け取れる風に投げ付ける。
「なんだい、随分優しいもてなしじゃないか」
「身重の体なんだ、冷やすとロクなことが無いことを自覚しろ」
軽口を叩くそれは眩しさから自分の眼、らしい場所に手をひらひら翳して、眼を光に慣らそうとする。もっとも、この部屋は暖房も加湿も適温に保たれているので、このあられもない格好で居ても別に問題は無いと思われるが、理屈は如何あれ自分の子供を身篭っている「妻」がそんな格好をしているのは彼には気がすまなかった。心配を汲んだ妻は、ゆるく曲線を描くようなった腹部を隠すように上着を着て、言い訳程度の服装になる。
捲くれたままだった天蓋がべろり、と落ちて、衣擦れの音を立てる。まだチカチカする視界を持て余しながら近くに置いてあった椅子に無造作に座り、対になった椅子を指差して座る事薦められたが、用事(とても大切な)がある彼はそれを断って、今は自主的に規制している煙管を叩く動作をするそれに近づく。背凭れに大きく体を預けると、ぎぎい、という扉そっくりな音が鳴った。
「それにしても、よく此処が解ったねぇ。苦労しただろう?」
心成しか足を開いた座り方、本当にら足も組んでいそうなところ肘掛に突いた手を頬杖の形にして、何が面白いのか押し殺したように笑う。髪に隠されて表情が解らないのは勿論だが、自分の妻のこの含み笑いが難解に感じるのは、体を繋げ血を交えた今でも二人の性格が大きく掛け離れているからだろう。
バツの悪そうな表情をしながら、肘掛の手に自分の手を重ねる。特に感情は篭められていないが、互いの人にしては低すぎる体温が更に低い人外の体温で温まる。この部屋は他のどの部屋よりも太陽の光が入る。室温が下がっていたらしい、ごうごうと低く少しだけ喧しい音を立てて暖房が温風を噴き出し、もう乾いた洗濯物がはたはた揺れた。
この闇や蜘蛛の化身のような形をした妻は、日の光を浴びて目覚めることを好いていて、案外他人の体温を拒みはしない。これは彼が知らない中で知った情報。乗せた手にもう一度手が重ねられることはなかったが、背凭れに預けられていた背は離れて、重なった手に繋がる人の色ではない筋肉質の腕にぬめった髪と重量の感触が加わる。
「アルトとリリンが居なかった、あいつらこの部屋好きだし、何処行ったかハリーに聞いたら『こわいおばちゃんとこいくっていってた』ってよ。だったら此処じゃねぇかと思ってな」
「おやおや、思ったより正直者に恵まれて……簡単な道行だったんだねぇ……実につまらない。当たりはしたが、二人は来てないよ。残念だったねぇ」
軽薄な口調で薄情なことを言う。普段だったら凭れた腕を引くか、また減らず口の一つでもして楽しませてくれるか、そのどちらにも対応出来るように鼻で笑う。しかし、待っていたのはやけに余裕めいた夫の顔。突然、子供にするように頭をごしゃごしゃ撫でられて、髪質が悪い割に寝癖の無い髪がそれ以上の有り様になる。
甘えは嫌いではないが、子供扱いされるのは趣味じゃない。そう言った所、もう百年以上の年月を生きてきた彼にとっては、周りに生きる小さな人間等は皆ほんの子供も同然なのだが。爪を立てないように。自分で乱した髪に上から手櫛が通されて、まだ手付かずだった後頭部を撫で付けられる。顔の表に触れないのは、その間に浅からぬ縁があるが故の約束だ。
気味の悪い感触の死んだ髪は脂でべたつく見た目とは裏腹に、まるで何年も雨曝しに放置されたまま痛んだ縫い糸の様で、とても良い感触とは言い難い。長い毛先から二本突き出た毛を引くと、夜の内に抜けていた毛が手の中に落ちた。思わずその場に捨ててしまいそうになったが堪える、掃除をするのは自分かも知れないのだから、然程不快ではないなら床に送るのは止めた方が良い。
「お前達ー、そこにいるのは解ってるぞー。早く出て来ーい」
肘が疲れて頬杖を解く、軸のブレた前髪二本を指で直しながら、それは目線をベッドに変えた夫へ目を向けた。瞬間、手櫛を止め、芝居掛かった動作で閉じきった天蓋を指差す。ベッドが小さく、カタ、と揺れたのは気の所為ではない。彼は追い討ちを掛ける。あの一連の動作は家人達から移った物だろう。
見つかっちゃった? そう言って、耳の尖った少女が天蓋の隙間から顔だけを出そうとして、外の日光の眩しさに目を細めた。ああ、見つけた。しばしばと瞼を瞬かせる横にもう一つ、今度は青い肌をした少年の顔が並んで、学習無く最初の一人と同じ様に目を細めたかと思えば瞬かせる。二人揃って首だけを突き出した様子は、何処かの誰かが見たら「晒し首」等というタチの悪い冗談を言って、張り倒されることは間違い無い。
「秘密のある女はモテるんだ」
隠れていた理由は特にはないらしい、ただなんとなく、誰かが来たから隠れてみた。二人をいなかったことにした妻もまた、自分と仲の良い子供が自分のベッドに飛び込んできたから、ただなんとなく隠した。探す側としては面倒な話だが、本人達の中では立派に理屈が通っているらしく、約一名表情が見えないが三人が悪びれる様子は無い。
「お前は女じゃねぇだろ?」
「なら、お前は男に凭れ掛かられて拒まないほど餓えていたのかい?」
忘れていた、一応お前は男を抱いた事があったなぁ。下卑た話題を子供の前で、普通の人間なら此処で注意なり訂正を要求するところだが、生憎この場にそういったことを指摘する(文字通り)人間は出払っている。やっと櫛を通し終えた髪を前に垂らしながら、また含み笑いを、今度は見つかってしまった二人の子供にした。少女はやっと体を出して隠してくれたことの礼を言う。少年の方は、何故か出てこない。
毛足の長い絨毯に素足の跡を付けながら、少女はまだ突き出ただけの少年に近寄って耳打ちをされる。布に包まれた空間で温められた人肌の温度に慣れてしまったのか、寒くて出たくないとか。今度は含み笑いではなく、本当に笑った。絨毯に残った足跡は雪にでも降られたかのようにゆっくりと滲んで、消える。
ぎゅう、すっぽん、と詰り物のように引き出された少年はうろうろと寒いらしい体を彷徨わせた後、少女に抱きつかれてやっと落ち着いた。上着でも出してやる気になったらしい、椅子から立ち上がったそれは、夫に促すような手付きを向ける。どうやら、適当な服を選ぶ間に用事を済ませろ、と言っているらしい。
「いや、俺が用事があんのはお前の方だ」
立ち上がった体を子供がしているように、こちらは壊してしまわないよう後ろから抱きすくめ、動きを止める。お前、朝飯来てなかっただろ? 副当主だからねぇ、偉いってのも大変なのさ。溜息ごと言葉にされて、その割には馴染んでいる、と大人達が抱き合っていることにはしゃぐ二人にちら、と視線を向けて言わずに飲み込んだ。
二人には幾つもの約束があり、その一つ、キスをする時は互いに目を瞑る。本来はキスの時の反応を楽しむ為に瞑らない主義だが、この世にも恐ろしく不可思議な生き物を相手にする上、約束は絶対だ。手で探って僅かに髪を分ける、互いの匂いを探り合うように顔を近付け、唇を……「あ」……重ねなかった。
「お前」
別に、精喰わなくても平気だったな。
指で掻き分けた髪がはらはらと戻った。
事の顛末はこうだ。妊娠した淫魔は性行為を迂闊に出来ないが、生命活動を続ける以上、変わらずに精を欲する。その場合、精を供給する役目を担うのはハイクラスの淫魔、今日も食事の時間の時二人妊婦に精を与えたばかりで、その時に不在だった妻にも精が必要だ……と錯覚したまま捜索活動に至った、という訳である。
最早恥ずかしすぎて体を離す事も出来ない。もしも彼の体に流れる血が赤かったなら、彼は今頃耳まで真っ赤になっているだろう、なんとも言い難いが酷く羞恥を湛えた表情が全てを物語っている。彼の中では間違い無くこの瞬間世界は停止していた。まるで氷像の如く動かない親の様子を見て、二人の子供がちょろちょろと足元に寄り、心配そうに足を触ったりしている。
「野暮天め。目を瞑りな、それが良いんだろう?」
その一言で我に帰り体を離そうとすると、後ろ手を頭に回され首を掴まれ、体が離れるのを止められた。しなやかな腕は見かけに寄らず力があり、他者が女として見る薄皮一枚下には強靭な男の部分があるのだと、そう物語っているようだ。抱き締めている側が逆に首根っこ掴まれる、そんな首を傾げたくなる状態を見て子供達が不思議そうにしているが、今だけは気にする様子は無い。
「また減らず口を……最初はお前からだ、生意気だぞ」
「火を通されたら死んじまうよ」
ただ精を与え合うだけの即物的な行為では味わえない物を、もう一度目を瞑って、今度はその下にある人間の粘膜にしては乾いた、蕩かされてしまいそうなほど柔らかい舌を絡めとり、絡めあう感触を思い浮かべながら。
唇が、触れた。
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