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夢を見る怪物、夢の中の怪物 [番外編]

此方は浅海由梨奈さんのみ、お持ち帰り・転載可能です。



英雄なんかじゃない

登場人物:名前を忘れた男
親友を殺した日の続き)
(別の意味で閲覧注意)










やあ、久しぶりだね。
元気だったかい?


英雄なんかじゃない


何を言われているか解るよ、随分と長い間会いにこれなくて悪かった、最初の頃は一週間に一度は此処に会いに来てたけど、最近じゃあそうもいかなくなってしまってね。
お前がそんなに忙しいのかって? ははは、酷いなぁ、俺はこう見えてけっこう偉くなったんだよ? まあ、上が沢山居過ぎて実感沸かない気はしないでもないけど。
ふう、酷い坂だ、何時来ても。歩いてきたからくたびれた。ちょっと座らせてもらうよ。違う違う、フケてない、揚げ足取るなってば、せめて『おっさん』じゃなくて『おじさま』って言ってくれ、紳士と、ジェントルメン。
え? 残念、葡萄ジュースだよ、これは。こういう時はワインの一本でも持って来るのが礼儀なんだろうけど、お前は酒好きだったけど絡み酒で下戸だっただろ? シルビアちゃんが引く位。酷い顔だな、思い出に時効なんてないさ。
男に花束を持っていくなんて変かな? でも、お前の笑い顔には花が似合っていたよ、遂に餓えすぎて男口説く趣味が出来たのかって……もう、酷い、外道、鬼畜、傷付いた……大丈夫、冗談だって解ってるから。うん、やっぱり映える。
ん、うわぁ、地味にお尻が冷えてきたと思ったら……すっかり乾いてカラカラになってるかと思ったら、まだまだ雨が染み付いてたなんて、この服けっこう気に入ってたんだけどなぁ。ああ、でも、雲が晴れてすごく良い天気だ。
思い出の始まりは何時だって青空からだったね、陳腐な表現になってしまうのかもしれないけど、今にも落ちてきそうな、とでも言うのかな。あの日も青空だった、雲一つなくて、少しなまぬるい風が吹いてて、湿気の匂いがして、ああ、あと少しのバルサミコ酢の匂い。
この際言うとね、最初に会った時、お前があんまり綺麗な顔をしていたから、俺もエドワーズもお前のことを本気で女の子だと思ってたんだ。しかも、ふふふ、もう笑っても構わないよ? ……同じ物が付いてるの何度も見たっていうのに、小学校上がる直前位まで。
大人になってから考えると子供の発想はもの凄いよね。そういう体の女の子もいるんだろうって、エドワーズに言われて鵜呑みにしてたよ、解った時は顎が外れるほど驚いて、何でだかエドワーズにまで大笑いされたっけ。うん、お前にもバカ笑いされた、指差して。
だから、お前に羽や尻尾が生えてたからって、最初は驚いたけどそう恐ろしいことなんて本当に無かったんだ。そんなことより、ドラマとかで見た治らない病気に掛かったことを報告するみたいな顔したお前の、汗の浮いた額を拭ってやりたくて仕方が無かったよ。
あの頃は半淫魔なんて居て居ない存在だったから、俺もお前が何でそんなに苦しそうなのか理解出来なかった、でも、あの時にお前が何者でも構わないって、あれは本気だった。……いや『だった』じゃないな、『だ』だ、過去形じゃない。
今は此処にいないけど、エドワーズも同じだよ。あいつ、あの時は俺よりも深くお前が半淫魔ってことを深く受け止めたらしくてさ、毎日毎日図書館に篭って、大人に怒られながら子供ながらに理解しようと必死になってた。俺はお前の股間握って本当に女じゃないのか確かめてたけど。
突飛容姿も無い事が出来た、臭いセリフも平気で言えた。そういえば、あの頃の将来の夢って『正義のヒーロー』だったっけ? ははは、不思議だよね、語量も知識もずっと増えた今でも、あの時より良い口説き文句は浮ばない気がするんだ。みんな、みんな、お前が好きだったんだよ。だから、お前も自分をもっと好きになればよかったのに。
臭いセリフといえば、お前も人のこと言えない気はするんだけどね……お前の人生で一番臭いセリフって、やっぱり「エド、マティ、頬を抓っても痛くない、これは夢か? あそこに天使がいる」じゃないかな。臭いどころか本人の前で言っちゃうんだもんなぁ。
おっと、怒るな怒るな、馬鹿にしてる訳じゃ無い、確かに俺も天使は外れてないと思ってたから。白いニーソックスに夏物の白いワンピース、シルビアちゃん今時古風な感じが逆に可愛かったよなぁ……あの子は何時だって白が似合ってた、正直、お前が狙わなかったら俺が貰ってたかも。
サークル活動の名目で随分色々なところに行ったっけ、今考えると四人でデートしてたみたいなもんじゃないかな。ほら、最終日に俺が風邪引いて行けなくなって、お前達は行けっていってたのに全員で風邪引いた俺の部屋でウノやりながら看病してくれた時、涙を堪えるのが大変だったよ。
流石女の子だよね、パン粥美味しかった。…………もうこれ何度言うことになるのか解らないけど、しつこいと思われても良い、シルビアちゃんのこと、許してやってくれ。あの子はあの時一人でいさせちゃいけなかったんだ、独りぼっちさせてたら、それこそ、消えてなくなっちゃうような、兎に角酷かった。
……出来るなら、エドワーズのことも。確かにあいつがシルビアちゃんと関係を持ったのは、恋愛感情というよりその場凌ぎの欺瞞だったのかもしれない、けど、あいつはあいつなりにシルビアちゃんを死なせたくなかったんだ。親友、だったから。
実はさ、最初は俺、とても許せなかった。何でそんな傷口を開くみたいな、お前に鞭打つみたいな真似をするんだ、って、何度も殴りあう喧嘩をしてさ、でも、ある時ふっ、と理解出来たんだ。エドワーズはエドワーズの理屈で、多少の歪み爛れはあってもシルビアちゃんのこと、愛していたんだな、って。俺も、愛していた。
生きている俺達が大切だ。正にその通りだと思ったから、俺も……死ぬ程、死んでしまう程悲しかったけど生きる事にした。一歩足を進めるごとに体が軋みを上げて錆がぼろぼろ落ちる感覚、幻とは思えないほどリアルな感覚だったよ。実際には何も落ちてないのに、嫌な色の赤錆が浮く気がして、水が怖くなった時期もあったっけ。
待ってたんだ、あの日、約束の場所で、ずっと。お前がサークルに来なくなって、大学を追い出されて、会えなくなって、連絡が付かなくなって…………それでも、約束の日だけは絶対に来るって、漠然と信じてた。だから、雨が降ってたけど、夜が明ける前からずっと、ずっと待って、待ってた。
ああ、知ってる、馬鹿げてる、まるで子供の理屈だ、馬鹿げている。でも、俺は他に何が出来るのかすら検討も付かなかくて。お前が何故苦しんでいるのかも殆ど理解出来ていなかった……お前は笑っていたから、綺麗な顔で笑っていたから、きっと元に戻れるって、どうしてもまだ繋がってるって信じたかったんだ。
仮に俺があの場に居たら、何か変わったのかって考えたことがあったよ。みんなで手を取り合って、もう一度やり直して、笑い合って、ハッピーエンドに出来る方法。……はははは、思いつかなかった、あの頃の俺は兎に角若くて、無知で、きっとあの場に居ても何も変えられなかったんだと直ぐに解った。
そうだろう、世の中に半淫魔の存在があるということすら漠然としか知らなかったんだ、そんな役立たずが近くに居たところで何も出来ないのがオチさ。エドワーズもシルビアちゃんも、泣いてるのに夢中だったからかな、どうしてあの時、俺は殴られなかったんだろう。殴る、価値もないからかな。
ただ、若かったからね、俺には欲と野心がまだ残ってた。逆に言うなら、それしか体を動かす為のものは、もう残ってなかったとも言うのかな。みんなが生きようともがいてる時に何も出来ない俺、その中に残った残りカスでもいい、兎に角全てを掻き集めて、やれることを、なすべきことを成そうと俺も抗うことにした。
それしか出来ないから、それしか無知を償う方法が思いつかなかったから。救いのヒーローだなんて、今のご時世子供でももっと現実的な夢を持つのだろうけど、俺は確かにあの時子供の頃に見た夢をもう一度見た。どんな悪者をやっつけられるスーパーヒーロー、どれだけ苦しくてもみんな最後は助かってハッピーエンド、そんな夢を。
実際に今の立場になれた時は物凄く嬉しくて、エドワーズと手を取り合って跳ね回って、頭が爆発するかと思ったよ。きっとここから未来が変わる、そう、今度こそ確信出来たことが何より嬉しかった。嬉しくて、ただ嬉しくて、嬉しくて…………まさかあんなこと、救った筈の半淫魔の子達をこの手で殺すことになるだなんて。
どうしてあの時、淫魔として生きる事を選んだあの子を、あんなに娘みたいに可愛がっていたあの子を見逃して、認めてやれなかったのだろう。どうしてあの時、俺の責任だから俺がカタを付ける、って震える腕を上げられなかったんだろう。
エドワーズがあの子の血に塗れて、ぼろぼろの屍を抱いて、今まで聞いたことが無い声で泣きじゃくりながら、縋りつかれて許しを乞われた、あの夜、どうして、どうしてあの腕を振り払ってしまったのだろう。「あんたはそんな人間じゃない」って、顔を逸らせて、強く瞼を瞑って、怒鳴ってしまったのだろう。どうして、俺は、俺だけ夢から覚めることが出来なかったんだろう。
後から気が付いて、必死に無くした物を取り戻そうともがいた、何も見えなくなる位に形のない黒い水の中を溺れて、だから、蜘蛛の糸を掴んだと思った時は何も考えられなくなるほど安堵してさ。騙されてたなんて、利用されてただけなんて、とても思えなかったんだ。
痛かった、苦しかった、半淫魔を救おうと考えた時とっくに覚悟はしていた筈で、エドワーズを庇った時にもっと酷いことをされる覚悟も出来ていたのに。痛くて、苦しくて、自分の体が欠けて血を流し、足の皮と肉を削がれるのを見続けていると気が狂いそうだった。いっそ狂いたいと、何度も。
…………あの時、俺は自分と仲間の夢と誇りを穢されたことより、自分の右目が無くなってしまったことが、ただただ恐ろしくて叫び、転げ回った。でも、狂ってしまおう、死んでしまおう、そう考える度にお前が、俺を憎んだ表情を浮かべて前に姿を現す。緩慢な絶望の中でやっと夢が覚めた。
でも……やっと帰ってこれた時、エドワーズに全ての話を聞いた時、いっそのこと、夢から覚めないままの方が良かったと、そう考えてしまったんだ。何もかも守れなかった、子供達も、仲間も、目的も、最後まで何があっても譲る気のなかったもの全て、俺が居ない内に全部、いとも簡単に奪われていて。話すエドワーズの何かが壊れているのにも、やっと気が付けた。
何度目を瞑ってももう夢は見れない。俺は、夢から覚めないままエドワーズを壊した、決定的な何かが恐ろしげな音を立てて壊れたのが聞こえた筈なのに、聞こえないふりをして、見えないふりをして。でも、もう引き下がれないんだ、積み上げた屍の山はもう橋の形を作り始めている、此処で引き下がったら……全部無駄死にしてしまう。
大丈夫、まだもう少しやれる、痛みを忘れる程度なら走りきれる、俺にはまだ守らなきゃいけないものは残ってる…………ああ、なんてことだろう、もしかしたら、もう直ぐそれも壊してしまうのかもしれない。あいつはお前に似てるから、きっと自分が欠けたら、きっと、あいつは。どうしよう。なぁ、俺はどうしたらいい?
俺は救いのヒーローになった筈だった、ただ、知らない内に怪物になって、数え切れない程の人達を踏み潰してしまった。ずっと前、お前の名前を忘れかけてしまった時があって、死に物狂いでお前の形見を掘り出し、やっと名前を思い出したことがあった。あの夜は見えない何かが恐ろしくて体の震えが止まらなくなって。
なぁ、どうしよう。俺はどうしたらいい? 聞いてくれ、お前がどんな顔をしていたのかだんだん思い出せなくなってきたんだ。なぁ、どうしよう。お前がどんな声をしていて、どんな言葉で喋っていたのか。今の俺を見て笑うのか、怒るのか、軽蔑するのか、哀れむのか、何もかも思い出せなくなってきて、ただ思い出の抜け殻しかもう持ってないんだ。もう、お前の笑顔にどんな色の花が似合っていたのか、それすら思い出せなくなってしまったんだ。
きっと俺は、子供達を殺して、仲間を壊して、目的を失って、最後は自分を扼して終わる、そんな、気がするよ。


……ははは、少し取り乱しちゃったね。ごめん。
随分と久しぶり、だったからさ。こういうの。
これが……最後で良いから、名前を、呼んでも、いい、かな?







解ってる









知ってるよ











墓石は喋らないって















さようなら。





















知ってる




俺は救いのヒーローになった筈だった、ただ、知らない内に怪物になって、数え切れない程の人達を踏み潰してしまった。
そして、怪物は、何時か本物のヒーローに退治されるんだ。
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