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我が家のパパテラス様 [日常編]

此方は浅海由梨奈さんのみ、お持ち帰り・転載可能です。




タヂカラヲのラヴソング
登場人物:メルヒオル おじさん
(パパがお部屋から出てこなくなっちゃった)
(しゃぶれよ)






タヂカラヲのラヴソング


壁が開いた。文字通りの意味で。メルヒオルの寝室クローゼット脇のベンジャミンの植木鉢が置いてある場所、ガラス細工の金魚が浮ぶ金魚鉢の台の位置まで、引き戸の要領でガラガラと。メルヒオルは植木鉢を邪魔臭そうに避けながら、器用に後ろ足で引き戸を閉める黒服を見て、見開いたままの目で何時の間にか開きっ放しになった口元を押さえ、この屋敷には沢山の隠し扉や隠し部屋があったことを思い出し、とりあえず一発殴ってから事情聴取をしようと立ち上がった。
握り締められた拳に明らかな殴る意思を感じた黒服は、逃げようと後ろへ後退して壁に背を預ける、そういえば自分で扉を閉めていたではないか。メルヒオルの鮮やかな鉄拳が早速現実逃避をし始めていた黒服の顔に突き刺さる。後ろは壁、本当なら吹き飛ばされてもおかしくない勢いだったが問題無い。その上この黒服の傷は直ぐに治る、二重の意味で問題無い。一発殴り少しは気が晴れたのか、勢いで倒れた植木鉢を放って置いたままメルヒオルは再びベッドに腰掛け、指を組んで黒服を睨む。
今日に入ってから部屋に引き篭もり、久方ぶりに見た人影はメルヒオルにとっての孤独な静寂を破る異物、一人にして欲しいから引き篭もっていたというのに。痛んでいた筈の頬は摩ろうとする前に痛みを痒みに変え、爪を立てる頃には何も感じなくなる。黒服は殴られて熱を持った箇所を最初から構わずに、倒れた植木鉢を立て直した後、しゃがみこんで土を手で掬い、カーペットに土が入り込んでしまったことを心中嘆いた。原因が誰でも明日の掃除当番は彼なのだから。
「俺もあいつらも寂しがり屋なんだ」
真顔で行われるツッコミ待ちの露骨な冗談に、嘘を吐け、と顔を上げたメルヒオルはほんの少し表情を緩めて。手に付いた土を軽く払いながら黒服は、だから出て行ってやれ、と手をひら、と動かして溜息を吐く。正面の扉が閉じられたきりになってから、部屋の外のメルヒオルを慕う者達はかなり慌てた、普段は使わないことにしていた秘密の抜け道に使者を送る程。彼らが寂しがり屋なのは本当だ、その上とても仲間思いで、だからこんな抜け道を作って繋がりあおうとする。
何時も以上の奇行を繰り返している、と聞かされメルヒオルの脳裏に、てんやわんやと右往左往しながら上下が足りない、と誰かが突拍子も無いことを言って、右往左往にスクワットを取り入れる一族の様子が目を瞑らずとも容易に……ただの想像だというのにあまりに現実的に感じた。そして、寂しいから、と彼はやつあたりの矛先を向けられ、筆舌尽くし難い責め苦を受けるのだ。メルヒオルもそれに参加したことがあったが、流石の仕込みか、中々具合が良かった。
「その内出てく、じゃ駄目か」
苦笑するメルヒオルに黒服は溜息で返す。心成しか黒服の無表情には疲れの色が滲んで見えて、何か最もな理由を聞かされもせず連れ戻しも出来ないまま帰ったなら、忽ち彼らはこの黒服に集って、また。奇行以外のところまで容易に想像が付く。それがこの家のお約束、勇者が怪物を倒してお姫様を助けて迎える、末永く幸せに暮らしました、と同じ。この屋敷に住まう誰もが仲良く暮らしていることと同じ、幸せなお約束。彼だって本当に不服があったら暴力に訴えるなりなんなりする筈なのだから。
腕組みをする黒服に対して立ち話は何だと思い、まあ座れよ、と言ったは良いものの、メルヒオルの寝室には椅子や椅子の代わりになるものはない。座布団なら箪笥の中にあったが。メルヒオルはまあ折角の来客なのだから、たまには自分が座布団を取って来てやるか、と思い立ち上がろうとしたが、腰を上げるよりも黒服の、少し考える、の方が早かった。少し考えた黒服はその場に体育座りになる。大の大人が寄りにも寄って体育座り、あまりにも間抜けな光景。声も出ない瞬間再び。
ぼすん、ぎしぎし、とスプリングを盛大に軋ませてメルヒオルは座り直したのを見て、黒服はやっと座布団的なものがこの部屋にもあるのでは、という発想をして、自分の格好が意図せずとても恥ずかしいことに気が付く。音も無くこそこそと胡座に組み直される脚。メルヒオルはスプリングが軋む音よりも盛大に笑う、黒服は相変わらず無表情だが恥ずかしいことは恥ずかしいらしい、組んだ脚の太腿が立ち上がろうと引き攣る。一頻り笑うと、ぴたりと笑い声が止んで、黒服は立つのを中断した。
「そうだよな。やっぱりあいつら、寂しがるよなァ」
呻くように呟き、メルヒオルは後ろに向って倒れる。最初から解っていたが、なら、と直ぐに行くなら最初からこうして引き篭もってなどいない、その上、昭和男というのは面倒な物で一々行動に色々と理由が無ければならないのだと、同じ昭和男の黒服は察する。ああ、とベッドに上半身を投げ出してまた呻く、相手が相手なら煙草でも進めるところだが、生憎メルヒオルは煙草を吸わない、そしてそんな彼の部屋は禁煙だ。黒服はスーツの内ポケットから引き出そうとしていた箱を収める。
「あいつら……俺がどっか遠くに行って二度と帰ってこない、とか、自分の子がどっか遠い所に行って大人になるまで会えない、とかさ……俺がそうしろって言ったら、どうすると思う?」
「……理由を聞くだろうな」
彼らは確かにメルヒオルに対して全幅の信頼と、無償の愛を注ぎ、侮蔑的な表現をするならまるでペットのように従順だが、それは決して盲信といった類ではなく、どんな些細なことでも相手が不愉快にならないようさり気無く、必ず自分達の意思を挟ませる。彼ら自身、盲目の愛程愚かで、相手を侮ることはないと考えているから。良いことも悪いことも相手を信じ、形容し合うことは愛だが、道を踏み外しかけたならそれを止めることもまた愛だと、そう信じて疑わないからだ。
「それで俺が何かもっともな理由や目的を言ったら」
ベッドの上に大の字に投げ出された青い腕、手指に力が篭り、ぎりりと掛け布団にに皺を作る。顔を横向きにすれば皺の寄った布団カバー、メルヒオルにとってあまりにも慣れた光景だが、今それを耐える為にしているのは自分だ。彼らは頭が良い、愚者に見えて実は聡明だ、そして目的の為に自分の意思を殺すことに慣れている。しかし、割り切ったからといって感情が消えて無くなる訳では無い。誰だってそうだ。メルヒオルは目を瞑る。見えないように目を瞑っても過去の自分の顔しか浮ばない。
割り切っても、無理矢理強いられたに等しいそれを割り切れる訳が無い。一族も、家族達も、黒服も、メルヒオルですら。黒服は痒くない喉に爪を立て、がりり、と多少強く掻いた。彼らは愚者に見えて聡明だが、蛇よりも執念深く、愛情に忠実。思考だけで異種と呼ばれる程に常人から掛け離れた発想や感情をぶつけてくる。奪われたら奪い返し、もがき、あがき、その度に敵を増やしながら、力ずくで最も大切な家族を守り続けて来た。なら、きっと。黒服は痛みを覚えた喉から爪を放し、指先の微かな青を舐めた。
「お前の言ってる理由や目的とやらを達成しつつ、子供やお前、ひいては家族全員と一緒に暮らし続けられる方法という名の無茶苦茶を押し通し、俺に殴る蹴るの暴行を加えた後、道理を引っ込ませることに成功する」
世界がねじれる、あぁ、とメルヒオルは喉にあった声を出し、上体を起こして黒服の方を見る。過程で黒服がボコボコにされているのはお約束。あたりまえのことを聞いて、当たり前の空返事をするよう、半開きにも見える気の抜けた目元と開いた口を作ってメルヒオルは頷いた。成功する、までが答え、成功しないことが絶対に無いのだから。黒服も自分で想像したそれの出来の良さに、メルヒオルにつられてがくがく首を縦に振った。彼らは成功するまでする。だから失敗は無い。
何かを切り捨ててしまい苦しむのなら、何も捨てなければいい、全てを得ることが出来ず苦しむのなら、全てを得てしまえば良い。例え二者択一の状況でも二者を拾いに行き、傷を作って苦しむ方が余程良い。彼らはそういういきものだった。考えれば考える程悩んでいた自分が馬鹿らしくなって、メルヒオルはまた盛大に笑う、くしゃくしゃ自分の髪を掻き混ぜて馬鹿らしい思考を中断する。今度は黒服も口元を釣り上げた。飽きるまで笑い、大きく間延びする欠伸をして両手を高く上げると、メルヒオルは伸びをしてから瞬きを三回はして立ち上がり、大股で歩き黒服の目の前に立った。まだ何かあるのかと黒服は心中首を傾げる。
「時間の無駄だった、しゃぶれよ。精寄越せ」
ジジジ……と下ろされるジッパー、黒服の頭がある場所は丁度メルヒオルの股間部、メルヒオルはパンツなんて履いていないから当然ジッパーを下ろせば。有無を言わさず後頭部を掴まれ、、剥き出しになったそれが唇にぐいぐい押し付けられる、萎えたもののぶにぶにした感触。黒服が反論しようと薄っすら唇を明けた瞬間、唇の感触に芯を持ち始めたそれが口内に捻じ込まれた。メルヒオルが牙を剥いたような笑顔で笑う。どうしてもやっぱり自分が嬲られるのはお約束なのだと、改めて悟った黒服は口内のものの味を感じながら、あぁ、と呻き声を上げた。
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