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それは初めての、恋 [日常編]

此方は浅海由梨奈さんのみ、お持ち帰り・転載可能です。




情と恋の境界
登場人物:アルバトロス クリスタ
(ほろほろ)
(いちゃいちゃ)






情と恋の境界


「あたし本当はアルバーのこと好きじゃないのかもしんない」
「エイプリールフールなら昨日だぞ」
天井が徐々に遠ざかり体が沈んで行く感覚、体に疲れが染みている証拠、起き上がる為に仰向けから体を横に倒そうとすると、下腹に力が入った所為で先程まで男に抱かれていた証拠とばかりにアルバトロスのそこから、ごぷ、と濁った音を立てて精液が溢れた。自信満々、王者の風格さえ感じる程の即答、クリスタは何だか負けた気がして眉を下げ、指と指を合わせて弄る。しかし、不快感は無い。
テーブルの上に並べられたお菓子の一つを手に取ると、くるくる包装紙を取って口に入れ、包装紙を電灯に翳す。きらきら輝く涼しげな青色。口の中で溶けるラムネの冷たい触感にそっくりだ。気だるさを殺して起き上がり、ベッドから立ち上がると生白い太腿に精液が這う、でもアルバトロスはそれをしらんぷりして歩いた為、振動で床に数滴白が落ちる。漂う精の余韻は数人分がごちゃごちゃと混ざり、誰の精なのか。
ゴミにしてしまうのは勿体無い気がして、クリスタは包装紙の皺をを丁寧に伸ばし、うっかり捨ててしまわないよう脇に避ける。ごとり、テーブルの上に箱が置かれた。隣に立つアルバトロスが持って来たオルゴール付きの宝石箱、この中に入れれば良い、と目線で促され、クリスタはにっこり微笑む。箱に入れておいてね、ということらしい。必ず殺す、と書いて必殺技。いそいそとアルバトロスは箱に包装紙を入れた。
クリスタはきらきらの山から無造作に二つ目を摘み上げる、紫、真っ先に浮んだのはアルバトロスの瞳の色。次は自分の肌の色。電灯に透かす要領で、同じ様に黄色の包みを開けているアルバトロスに紫を透かすと、剥き身の白い肌が紫に染まったよう、自分と同じものになったように見えて、なんだかよく解らない満足感と、これまたよく解らないもやもやとした感情がクリスタを包む。
「……でも、もしかしたら本気かも」
珍しく眉を寄せる彼女もやっぱりかわいい、アルバトロスは黄色を伸ばして青に重ねると、紫の髪に手を伸ばす。指で梳きながら愛でる、細く多い髪は見かけよりもボリュームがあって、触り心地は絹糸のように軽くて柔らかく、どこかひんやりとしていた。こんなところまで淫魔は人の理想を溶かし込んでいる。懐いた猫のように目を細めて愛撫を受けるクリスタの指先からこぼれ落ちた紫色は、ひらひら彼の足元へ流れ、きらきら光を反射しながら床に落ちた。
それに気が付いて拾い上げようすると、更に下腹に力が入って太腿を伝っていたものが溢れ、ぶちゅ、と潰れた音を立てて落ちる。これは掃除役が大変だろう。なおも気にする素振りすらない彼の様子は、紫に透かさなくても本当に淫魔のようで、紫を拾った手首に浮ぶ誰かが彼を抱いた証である赤い斑点が艶かしい。二つ目が口の中で溶けて行くのを感じながら、クリスタはアルバトロスの手を引き、赤に唇を寄せ、歯を立てた。
赤い色は白い肌に目立つ。人間よりも強い力を持った牙が脆弱な人間の皮膚を破り、肉まで達する痛みに、銀の眉が歪む。彼の腕は意外と硬かった。唇を離せば玉になって溢れ出す血が、柔らかな曲線に促されて筋に変わり、テーブルの上に落ちる。クリスタはそれを一舐めして、自分の中に正体不明の衝撃がとぐろを巻いていることに気が付き、痛む胸に手を当てた。唇に触れた血液から感じる精はあまりにも熱く、火傷をしてしまいそう。
「『愛している』ってことは、その人を一人でも生きていけるようにしてあげることなんだってさー…」
一体そんな事を何処で、問い掛けてみると、家人の誰かが読んでいた本を読んでもらったらしい。血液を舌で拭えば、小さく二つ、一つは赤い痣を塗り潰すように、もう一つは新しい、まだ真新しい傷が覗かせ、また血を玉にして今度は唾液の水分でじわりと広がる。自分の付けた傷をじっと見詰めるクリスタの表情は、憂いに似た何かが雑じっていて、どこか嬉しそうでもあった。また血液と一緒に精を拭い呑む。
彼女は淫魔で吸血鬼なんかではない、人間の血液を美味い物として感じる味蕾は持ち合わせていないので、舌先に感じる味は鉄錆に似た不快なそれに過ぎない筈。硬く尖らせた舌が傷口を撫でる度、ひりひりと大したものではないがその分直ぐに神経に届く、生々しい痛みが走った。反射的に手首に力が篭り、筋肉に圧迫されて赤が滲む。美味しくなかったが、クリスタにとってアルバトロスが体内を通過して行くことが嬉しくて目を瞑る。
「アルバー…あたしアルバーのこと、一人にしたくない……あたしアルバーの全部が欲しい」
アルバトロスはクリスタの頭にまた手を乗せて、撫でる、傷の痛みを感じている筈だというのに、制止することもなく何処か恍惚とした面持ちで。血液を飲みすぎた所為で、クリスタは咳をした。頭に乗せていた手を下ろし、労る為に背中を摩る。流石に口内が気持ち悪くなってきたらしく、名残惜しげにクリスタは唇を離した。黒に浮ぶ銀、涙目の瞳は生理以外のものも多く雑じる、クリスタは背を撫でる腕をそっと自分の頬を当てた。濡れた感触、白い指が辿ったそれは、涙。
「クリスタ」
「最近、変なの……アルバーと一緒に居ると胸がぎゅーってする、アルバーのこと考えると頭がぐるぐるしたり、アルバーのこといじめたのが嬉しい……辛いよ、怖い……あたし、へん」
ぽろぽろ、綺麗な水がクリスタの頬を粒になって転がり落ち、筋を作って音も無く流れて行く。今まで彼女が泣いた所を見た事があっただろうか、いや、そもそも彼女は自分が泣いていることに気が付いているだろうか。アルバトロスは自分の腕を握る細い腕が震えていることに気が付き、こわい、こわい、とうわ言のように呟く様は、まるで神にでも縋るようだと唇を噛んだ。ぶつり、と人間の歯が皮膚を破る。今度は満足も恍惚も無い。
彼女の感情は揺れている、人間と淫魔の瀬戸際で。只管に純粋で自由の中だけにある淫魔の心、穢れてはいるが沢山の枝を生やす人間の心、どちらも元は一つで今は分かたれたものがもう一度一つになろうとしている。無かったことにされていた正体不明の感情、人の原初の感情は恐れなのだから、それに怯えるのは自然なこと。アルバトロスはクリスタの顎を捉え、自分の方を向かせると震える肩を抱き、抱き締める。
「いいんだ、何もかも、悩まなくていい。感じたままでいればいい」
紫の瞳が冷たく蠢いていた。クリスタが人間の心を理解出来るようなるのは人間であるアルバトロスの望みではあった、しかし、涙を流すことさえ気が付けない彼女をこれ以上焦らせてはならないと、抱き締める腕に力を込める。クリスタは抱き締められた胸に額をぐりぐりと押し付けると、裸の胸に濡れた感触が伝い、そっと返す様に背中に腕を回す。ぎゅう、と目を瞑り、相手に身を委ねるような抱擁は彼女にとって初めてのこと。
嘗て彼は淫魔に憧れ、なれないと解りつつ淫魔になろうと相当な非道に走っていたことがあったが、今確かに彼の目にはクリスタの体から香り立つような精を感じた。まるで砂糖菓子のような香り、貪り食らってしまいたいと考えてしまうような。胸に吸い込むと、クリスタは少し苦しげにもぞもぞと動いて顔を上げ、とろりと溶けたような甘さを含んだ瞳をアルバトロスに向ける。涙の筋は枯れていた。
「あるばー…あたしね、今日キケン日なんだ……」
それは互いの全てを交し合うセックス以上を、子宮まで許すことを前提として、淫靡な誘い。聴覚を揺らすその言葉はまるで、体の芯がぐずぐすになって溶けてしまうような、乾いた薄い唇に赤い舌が這う。薄い紫の瞳に浮ぶ感情はただの優しさだけではない、今クリスタが見ているものはそのクリスタの理解出来なかった、本物の悪魔のような色、捕食者の牙に似た何か。それが知りたかった。知りたい。するする背を下りて行くアルバトロスの指が金具を捉え、器用に外すと、まだ成長の余地をたっぷりと残した胸が扇情的に震える。
「クリスタ、俺が野暮天な恋愛論なんかより『デキちゃった結婚』について得々と教えてやろう」
黒に浮ぶ銀を精一杯向けながら、クリスタは縁を覗き込んだ。
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