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でざぶ [日常編]

此方は浅海由梨奈さんのみ、お持ち帰り・転載可能です。




手の平の切望
登場人物:おじさん ロロ
(セクシャルハラスメント)
(ロロ唯一の弱点)






手の平の切望


徐に近付いて、単純計算五重になった袖から手を出し手袋を脱ぎ、手の平の血行を確認した後ロロは目の前の尻を揉んだ。気配も足音も無い接近から予測もしない刺激に、黒服の背筋が跳ね、手に持っていた水入りの花瓶を落としそうになる。不必要な葉を払われた水仙の茎が振動ですべり、ぐりん、と正しく向けた方向とは逆へ花弁を向ける。右手で右を、左手で左を、尻の谷間に親指を添えて割るように、下から持ち上げなが揉む。抗議の声が上がるのも構わずに揉む。嬌声もどきが上がっても揉む。
窺い知れないその表情は全くの無表情だが、一応は楽しいらしい、心成しか時折、フフ、といったような笑い声が漏れている。何度も外そうともがきはしたが、しっかと尻を掴まれ、ともすれば服越しに急所をどうにかされてしまいそうな状況、前にも後ろにも進めなくなった黒服は、肩を震わせながらとりあえず花瓶を元の壁に引っ掛け直し、自分の体をそういった風に作り変えた面々を恨みつつ、声を上げて性的な意味で増援を呼んでしまわないように歯を食いしばった。
「飽きた」
しかし、唐突に遠慮も何も無い指の感触が止み、しゃがみこんでいたロロは立ち上がって手袋を付け直す。荒い息を吐きながら黒服が振り返る、相変わらず六重の帽子の下は窺い知れないが、彼自身から精の匂いがしないところを見ると、あれは発言通り、ただの気紛れか暇潰しだったらしい。彼は精ではなく、正気を喰らう生き物だが。勢いをつけて立ち上がった所為で頭から落ちそうになった帽子を手で直す、右に寄ってしまう、左に引くと左に寄ってしまう、何度か繰り返しているのを見て不憫に思えてきた黒服は、一回持ち上げてからもう一度被り直させることにした。
色の入り乱れたマフラーに埋る黒い髪と垂れた耳、黒に浮ぶ金が此方を見て、濃い青紫の舌をちろちろ出し入れする。最後に見た時、彼はテレビで世界の爬虫類特集を見ていた。上を向いては被せ直せない、それにしてもこの帽子は重過ぎる、良く見れば何処の国の文化なのかは知らないが角飾りが混ざっていたり、意味不明な絵文字の入った包帯が巻かれていたり、黒服は腕が痛くなってきて顔を下げるよう顎で指す。ワンポイントにピンクの小さいリボンが付いた白いパンツも被られていたことは見なかったことにして。
ロロはわざとなのか、余所見をしてそっぽを向いた水仙の花を揚げ足を取るように眺め、何も無い天井に何かが動いているかのように目で追ってから、上目遣いのまま首を戻す。黒服は下げられた頭に帽子を乗せ、少し後ろに引けば、何時もの布お化けに戻した。でも、ロロには足りないらしい、帽子の鍔の影から覗く耳を隠すよう、帽子の鍔を両手で掴み、強く引き、ぎゅうぎゅう自分の頭全てを帽子の中に入れてしまう。もう黒に浮ぶ金は見えない。垂れ下がった耳も、黒い髪も見えなくなった。
「……苦しくないか?」
「とても苦しいな」
被り直したばかりで内部がこなれていないのか、声に混じって漏れる息は本当に苦しげで、ロロはぱっつんぱっつんになった帽子に隙間を作ろうと外から引っ張る。黒服がそれを手伝おうと手を伸ばす、掴んで触ってみる直ぐ下に頭髪の感触が。薄布レベルまで引き伸ばされた帽子、なら脱げ、とは今の所この屋敷の家人なら誰もが言った気がするが、彼はもう自分が顔を隠す必要も無いというのにこうして、顔どころか全身を隠したまま、性行為と洗濯の時のスッポンポン以外はこの調子。
水仙の花瓶をもう一度手に取り、正しい方向に花を向けようと黒服は茎の向きを変える、ぐりん、戻る、戻す、戻る、手持ちに鋏は無いので茎を切ることは出来ない。黒服が延々水仙の相手をするのに焦れたか、ロロは花瓶の底を指で突き上げた。握られた花瓶の底が急に持ち上がり、手から滑り落ちそうになった所を強引に奪われ、黒服は僅かに手に掛かった水を払い落とす。濃い黄色と白の水仙、濃い黄色はロロの帽子の角飾りと同じ色、ぐるり、と黒服を嫌う気紛れな花が滑って、覆いの下に隠された顔を見る。乾いた笑いが口布の下から漏れた。
「私はシャイなんだ」
花弁を顔の近くに持っていけば甘い蜜から香る春の匂いがして、何だか胸が温かくなる気がするが、手袋に包まれた手は花をまるで愛しい女の唇を嬲る様に指で触った後、容赦無く色を茎ごと千切り取ってしまった。引き伸ばされ、千切れてなお伸びたまま、断面から覗く繊維質、水が漏れて、手袋に染みる。ぐいぐい、と黒服の開いた手の平に再び花瓶を押し付けられ、突然手を放されて花瓶も床に落ちる。カーペットのお陰で割れはしなかった。ロロは更に花を横に、縦に、とバラバラに千切り、埃を払うように床に落とし、はにかんだ様に笑う。
床に転がって黒い染みを作る灰色の花瓶の上、濃い黄色と白の破片が落ち、水分で灰色の上薬に色がへばりつく。そんなに顔を見られたくないのか、何を思うのか落ちた花をじっと見るロロの頭を黒服は撫でるが、触られるときついのが更にきつくなるらしく、食い込むゴムを嫌がって首を振る。しつこく触り続ける、帽子に付いた羽飾りがぶるぶる揺れる、それでも触る、撫でる、被いの下から脊柱を舐め上げる声で、後で、だとか、止めろ、だとか聞こえているが、何時もは人に譲ってばかりの黒服は今回は何故か引き下がらない。
「俺は今触りたい」
「あ」
すっぽん、と音を立てそうな、事実真空に空気が流れ込んだ時のようなぷしゅう、という音を立てて帽子が外され、花瓶の掛かっていた壁掛けに掛けられる。感情の見えない黒に浮ぶ金と、ぺったんこになった黒髪に、また黒服は手を伸ばしてもさもさ撫で始めた。一撫でするごと、ロロが首をマフラーの中にずんずん引っ込めていくので、撫でられて首が動く度にぷるぷる揺れる垂れた耳はずぶすぶ沈み、濃い色の肌も見えなくなる。手の平に感じているのは、昔どこかで触ったことがあるような、懐かしいような感触。上目遣いにしては媚びの無い黒に浮ぶ金。
ふと気が付けば、感情に駆られて遠慮無しにがしがし撫で回してしまったが為に、ぺったんこになっていた髪は丁度良く解れたが、ロロは首を引っ込めた亀の様な状態になってしまっていた。すまない、と呟き、黒服はやっと我に帰って手を引っ込める。手を外すごとに盛り上がってくる頭、自分の頭に手をやって自分の髪を触って見るが、ロロにとって自分の髪は触り心地の悪いごわごわした黒髪でしかない。こんな物の何処がいいのだろう、黒服の色眼鏡越しの眼には望郷の色が浮んでおり、ロロは自分の髪をぐしゃり、と痛みを覚える程の強さで掴んで触るのを止める。
「お前の頭を撫でると落ち着くんだ」
「…………ジゴロめ」
読みは当たりだ、何故落ち着くのか、望郷の念が心の底に浮かび上がるそれは確かに誰かの髪、似ている感触ではなく、芯の硬く太い黒髪その物の感触と思い出、手に思い出す記憶はその感触が本能に刻まれた性感よりも慣れた感触だったと、そう生々しく思い起こせる。心の中に思ったことを言ったまで、恨めしげに吐かれた蔑称に、黒服は自分の置かれた周辺状況を思い起こした上で違いないと考え、また、すまない、と呟く。プラスティックのフックが帽子の重さに耐え切れず折れ、重い音を立てて帽子が落ちた。
遠くにやろうとしたのは自分なのだから汚れては悪い、と拾い上げようと黒服が手を伸ばす、その手首を掴まれ、強い力で下に向って引っ張られる。その程度では流石に引き倒したりは出来ない、ロロは自分のマフラーと襟に指を掛け、顎を出し、しゃがめ、と指す。帽子のことはどうでもいいらしいが、黒服は律儀に帽子を拾い、自分の突いた膝の上に乗せる。こうして見ると上目遣いになるのは黒服の方だが、色眼鏡越しに覗く色の薄い目に媚びは無い。ロロは最初と黒服と同じよう、好奇心の感情に任せてひっつめられた黒髪に指を通した。
「褒めている」
痛み、ごわごわして触り心地の悪い髪と、整髪料甘い匂い、どちらもロロの嫌いな部類の物だったが、構わずに固まった髪を親指と人差し指で抓み、解しながら彼の頭を撫でる。人に撫でられる感覚、撫でる事は多々あってもこうして撫でられるのは随分と前のことだったと、黒服は目を細めた。乾いた整髪料が汗に溶けて、なんだかとても指先が気持ち悪くなってきたが、解れて髪に髪らしい感触が戻ってくるごとに指先に感じる感触に、何か感情が湧く。これが望郷なのだろうか、そもそも故郷らしい故郷は無く、物心付いた頃から顔を隠し、何時自分が産まれて生きてきたのかも覚えが無いというのに、それでも遠い故郷を懐かしむことが出来ると。
いや、違う、ロロは指に感じるそれが他でもない、自分自身の黒い髪に良く似た感触をしていることに気が付いた。薄い色の目が大きく、何かを確かめるかのように見開かれた後、また細められる。感情の見えない黒に浮ぶ金、思い出す事の出来ない、そもそも無かった記憶を辿ろうとして、必ず思い出せずに終わってしまう、『誰か』に良く似た瞳。黒服は膝の上に載せた帽子が滑り落ちそうになるのを止めようとするが、ロロは自分も少し膝を折り、わざと帽子を器用に片足で膝から払い落とし、そのまま遠くにやる。
誰かはとても近くに居た、友達や肉親に囲まれ、何時も喜びの笑いに包まれて、幸福だった。あまりに『誰か』に似ていることが悲しくなった黒服は、記憶の奥を探るロロの自分を撫でる手首を掴むと、強引に手の平に唇を当て、中指の第一間接の腹を食む。ロロの半分上がった口から、乾いた笑い声とも、鳴き声ともつかない、息が漏れる。黒服の眼に浮ぶのはもう望郷ではない、それは、何かが訪れてしまうことを拒み、半分は訪れることを願う、切望だ。解ってる、と。望郷を掻き消された黒に浮ぶ金。お前が幸福になりたいのなら、幸福を望むのなら、決してそれを思い出しても、思い浮かべてもいけない。
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